特別対談・特別寄稿

医学会総会に寄せて

髙久 史麿(第25回日本医学会総会会頭)

医学会総会まであと1年4か月になりました。春日会頭、門脇準備委員長以下ご関係の方々は準備に余念がないと伺っております。

私は医学会総会には深い思い入れがあります。

1987年に中尾会頭の下で準備委員長を務め、20世紀最後の年の1999年には会頭をつとめさせていただきました。

ご承知のように医学会総会は明治35年から、太平洋戦争の時に1年延びて開催された時以外は営々と4年に1度開催されてきました。総会という名が示すように、種々の学会が集まって横断的に皆で他分野も含めて勉強し合おうという趣旨で大勢の人々の参加・協力の下で開催されるものです。

私が主催した第25回は20世紀最後の医学会総会であり、間もなく21世紀を迎えようとしていることから、参加者全員でわが国の医学・医療の現状とこれからの在り方を考える機会にしたいと考え、学術プログラムの中に医学と社会との接点に関するテーマを多く取り上げました。

また、総会のメインテーマ「社会とともにあゆむ医学―開かれた医療の世紀へ―」が示す如く、医学会総会を国民に広く医学・医療の現状を知ってもらう機会にしたいと考え、公開講座を数多く開きました。展示に関しては「医学・博覧会」とし総会参加者を主とする展示の部分と一般に公開する博覧会部分とに分け、同時に同じ場所で開催しました。特に、博覧会の部分は、幅広い企業に出展をお願いし、その内容も一般の方々が興味をもって頂ける内容のものにするようつとめました。

幸い、東京都をはじめとする日本全国の医師会、各大学のご協力を得て、26,000名を超える方々に参加していただき、また医学展示・博覧会には30万人以上の方々に来ていただきました。

大勢の方々のご協力により、私たちが最初に考えた「社会とともにあゆむ医学―開かれた医療の世紀へ―」という医学会総会の目的をある程度は達成することができたと思っています。

その時から20年以上が経過し、この2年は新型コロナウイルスの蔓延もあり、医学・医療の重要性と期待が増し、日本国内のみならず世界レベルで一緒に考える時代になりました。

このような時期のかじ取りは困難を伴うものであると拝察していますが、こんな時だからこそ一丸となって意義深い第31回日本医学会総会になるよう心から祈念しています。

略歴

1954年 東京大学医学部医学科 卒業

1972年 自治医科大学内科 教授

1982年 東京大学医学部第3内科 教授

1988年 東京大学 医学部長

1990年 国立病院医療センター 院長

1993年 国立国際医療センター 総長

1995年 東京大学 名誉教授

1996年 自治医科大学 学長

1996年 国立国際医療センター 名誉総長

1997年 公益社団法人地域医療振興協会 会長

2004年 日本医学会会⻑(〜2017年)

髙久史麿先生のご逝去の報に接して

第31回日本医学会総会の顧問をお務め頂いておりました髙久史麿先生が2022年3月24日にご逝去されました。謹んでお悔やみ申しあげますとともに、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

髙久史麿先生におかれましては、第22回日本医学会総会の準備委員長ならびに第25回日本医学会総会の会頭を務められました。そのような経緯もあり、医学会総会の意義ならびに重要性について十分に認識され、今回の医学会総会の開催準備にあたっても貴重なご助言を頂いておりました。
その髙久先生に第31回日本医学会総会を御覧頂けないのは誠に残念ですが、関係者が一丸となってよりよい医学会総会を目指して努力していきたいと思います。

2022年4月18日

第31回日本医学会総会 組織委員会一同

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